小説のために(第二十二話)

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 葛飾北斎の有名な「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」を見ていると、絵師がどこにいるのかわからなくなる。小舟に襲いかかる大波は、さながら水木しげるの描く妖怪のようだ。宙を舞う水飛沫は細かく砕かれた氷の塊といったところ。彼はどこにいるのだろう。どこから波を見ているのだろう。同じことは、赤く染まる冨士を雄大に描いた「凱風快晴」などにも言える。いったい北斎はどこに立って絵筆を遣っているのだろう。
 これらの絵を見ていると、森崎茂さんがよく使われる「自己が領域化する」とか「領域としての自己」という言い方がぴったりくる。絵師と風景、観察者と対象といった空間的な隔たりが感じられない。絵師は一つの定まった場所にいるのではなく、絵のなかに偏在している。妖怪の手のようにもぞもぞと動いて小舟につかみかかろうとしている波頭は北斎自身であると言っても、逆に絵の生々しさによって北斎という一人の絵師が表現されていると言ってもいい気がする。冨士を描いているときの北斎は、山の表面を覆う赤い土や空に浮かんだ雲そのものである、というふうにも言ってみたくなる。
 一枚の写真を見れば、撮影者がどこにカメラを構えているか、おおよその位置が推測できる。デジタルで細部まで鮮明に映し出された写真ではわかりにくいかもしれないが、たとえば入江泰吉の風景写真のように少し甘いフィルムのプリントだと、自分でファインダーを覗いているつもりでシミュレートしてみれば素人にもだいたいのところはわかる。絵画の場合も同様で、とくに遠近法(透視図法)のように西洋絵画において確立された技法では、一つの視点を基準にして画面が構成される。ピカソやブラックのキュビズムにしても、視点の数を増やしただけで、画家(観察者)が点であることに変わりはない。
 ところが先にあげた北斎の絵では、どう見ても絵師(観察者)は点ではない。彼は小舟を呑み込もうとしている波頭であり、宙を舞う水飛沫であり、同時に岸辺から遠くの冨士を眺めている者である。北斎という絵師の自己は領域化されている。あるいは領域としての自己の表現として一枚の絵があり、絵の作者としての北斎という一人の絵師がいる。
 どうしてこんなことが起こるのだろう。実際に起こっているかどうかは別にして、なぜ北斎の絵はこのような印象をもたらすのだろう。おそらく彼は、あまりにも絵を描くことに夢中になってしまい、あるいは自分が描こうとしている対象に魅入られてしまい、自分が自分であることを忘れたのだ。

 あくがるる心はさてもやまざくら散りなんのちの身に帰るべき(『山家集』67)

 西行の歌に詠まれているのは、蝶でもあれば風でもあるような、そんな自由で伸びやかな心だ。ときにぼくたちは、こうした状態に立ち至る。夢中になって音楽を聴いているとき、引き込まれるようにして映画を観ているとき、美しい景色や美術作品に見入っているとき、好きな人のことを想っているとき……心は自分を離れて音楽や映画や景色や絵画や他者と一つになっている。自分は希薄になり、自我や自己の輪郭はほとんど見えなくなっている。賢治が言うところの「わたくしといふ現象」であり、森崎さんの言葉を使えば「領域としての自己」である。
 そんなときが誰のどんな生のなかにもある。ほとんど毎日、ぼくたちは「わたくしといふ現象」を体験し、「領域としての自己」を生きている。ただそれは「風景やみんなといっしょに/せわしくせわしく明滅し」ているものなので、宮沢賢治のように感度のいい言葉をもった人でないと、なかなかうまく取り出せない。たとえば新幹線に乗っているとき、遠くの山や海は景色として見えるけれど、線路のすぐ近くに立っている人や看板を目視することはできない。近過ぎて見えないのだ。距離と速度のスケールが違い過ぎて、通常の視覚ではとらえることができない。
 使い慣れた言葉の用法ではつかまえられない。忙しなく過ぎていく日々のなかでは、気づかれなかったり見落とされたりする。また合目的的な世界の価値基準からすると、ほとんど無価値に近いものなので、通り過ぎてしまっても支障はない。それで済んでしまう。しかしながら「わたくしといふ現象」は、「ひとつの青い照明」として「いかにもたしかにともりつづける」。そしてぼくたちが「生きていてよかったな」と思う体験は、「私」が自我や自己を離れて「現象」になったとき、すなわち「領域としての自己」のなかで起こっている。
 不用意に「無意識」という言葉を使うことはやめよう。無意識という言葉は、すでに「意識」を前提にしている。それによって豊かなものや善きものをどれだけ取りこぼしていることか。意識によって対象化されるものだけを「ある」と考えると、本当にいいものは「ない」ことになる。ぼくたちの世界から追い払われてしまう。デカルトの方法に象徴されるように明晰判明な意識だけで世界を切り取り、いわば意識の専制を敷いてしまうと、生は合目的性に支配された、いかにも痩せて貧しいものになってしまう。そこでは合理性や利便性だけが価値になる。こうした価値を生むことに特化したAIに人間は凌駕されようとしている。当たり前のことが当たり前に起こっているだけのことだ。

  もしかすると人間には、人類の枠組みではどうにも収まりきらない何かがあって、ふだんの生活では抑え込んでいる別の自分、本能的というか野生的というか猫類の自分がいるんじゃないか。猫さんと一致しているときだけ、そういうはみ出した自分がまったく解放されている。(吉本隆明『フランシス子へ』)

 ここの部分は深読みしたくなるし、またいくらでも深読みできると思う。吉本さんは「人類の枠組みではどうにも収まりきらない何かがあって」というふうに、「収まりきらない何か」を人間の外側に類推しているが、そうすると「収まりきらない何か」は「本能」や「野生」として可視化され実体化されてしまう。これだと生物学や脳生理学の話になってしまい、せっかくのデクノボーはどこへも行けない。
 外側ではなくて「手前」と考えるべきでないだろうか。この「手前」は可視化されず、また実体化もされない。一人ひとりの「私」の手前に、いまだ思考の言葉が踏み込めずにいる領域があって、そうした未知の領域を残していることが、人間の可能性でもあれば、同時に「私」の生に不全感をもたらすことにもなっている。なぜならこの領域は、明晰判明な意識によっては取り出すことができないからだ。自己からは、自己の手前にあるものは見えない。
 この領域を宮沢賢治の言葉を借りて「遠いともだち」と呼ぶなら、明晰判明な自己の意識で「遠いともだち」を生きることはできない。その場所には触ることはできない。では、どうやって「遠いともだち」に出会うのだろう。どうやって彼らのところへ行けばいいのだろう。とりあえずデクノボーになる必要がありそうだ。それは「遠いともだち」の世界へ行くことのできるジョバンニの切符みたいなものだ。デクノボーには無限の広がりと可能性がある。

 過去八十年間、私は、一日を、全く同じやり方で始めてきた。それは無意識な惰性でなく、私の日常生活に不可欠なものだ。ピアノに向かい、バッハの「前奏曲とフーガ」を二曲弾く。ほかのことをすることなど、思いも寄らぬ。それはわが家を潔める祝禱なのだ。だが、それだけではない。バッハを弾くことによってこの世に生を享けた歓びを私はあらたに認識する。人間であるという信じ難い驚きとともに、人生の驚異を知らされて胸がいっぱいになる。バッハの音楽は常に新しく、決して同じであることはない。日ごとに新しく幻想的で想像を絶するものだ。こういうところがバッハで、自然と同じように一つの奇跡である。(アルバート・E・カーン編『パブロ・カザルス 喜びと悲しみ』吉田秀和・郷司敬吾訳 朝日選書)

 ここに「遠いともだち」を生きる一人の音楽家がいる。彼は常にバッハの音楽とともにある。会ったこともなければ時代も隔たる一人の作曲家の作品を演奏することが、すなわち「遠いともだち」を生きることなのだ。「この世に生を享けた歓びを私はあらたに認識する」とまで言っている。こんなことを言った者はカザルス以外にいない。彼にとってバッハは、生涯でただ一人の連れ合いといった意味での「この人」であり、ぼくたちが知っているバッハと同じでありながら決定的に違っている。外側からは説明できない。それが「遠いともだち」を生きるということだ。
 こうした出会いは、いつも不意に訪れる。意図して出会うとか、見つけるといった類のものではない。向こうからやって来るのだ。半ば偶然に、そして必然に。親鸞が「他力」と言ったのは、そういうことではないだろうか。

 チェロを見たとき、私はうっとりとした。生まれて初めてだというのに。出だしの音をきいたとたんに私は圧倒されてしまった。もう息もつけなかった。音色はひどくやさしく、美しく、そして人間らしい――そう、とても人間らしい響きだった。私はこんなに美しい音の響きを一度もきいたことがなかった。喜びでいっぱいになった。(中略)もう八十年以上も前になるが、あのときから、私はチェロという楽器と結ばれたのだ。死ぬまで私の伴侶、友であってくれるだろう。(前掲書)

 私は驚きの目を見はった。なんという魔術と神秘がこの表題に秘められているかと思った。この組曲の存在を聞いたことは一度もなかった。誰一人、先生さえも私に話したことはなかった。なんのために私たちが店に来ているのかを私は忘れた。ただ楽譜を眺め、抱きしめるだけだった。あの光景は一度もうすれたことはない。今日でもあの楽譜の表紙を見ると、かすかな潮の香りのする、かびくさい古い店に私は帰っていく。(同前)

 最初の引用は11歳のカザルス少年がチェロという楽器と出会ったときの回想だ。その出会いを彼は「私はチェロという楽器と結ばれたのだ」と言っている。さらに「死ぬまで私の伴侶、友であってくれるだろう」と言葉を重ねる。彼にとってチェロという楽器は、楽器という物を超えている。それは恋人であり、愛人であり、身も心も捧げ尽くすべき対象だった。その肉体を抱きしめ、四本の弦を弓でごしごし擦ることは、まさに愛の行為だった。さぞかし演奏の腕前も上達したことだろう。
 つづいて13歳の彼がバルセロナの楽器店で、バッハの「無伴奏チェロソナタ」の楽譜を見つけた有名なエピソード。父親と一緒に何気なく入った店だったらしい。古く色あせた一束の楽譜には「ヨハン・セバスチャン・バッハ『無伴奏組曲――チェロ独奏のための』」と書かれていた。「なんという魔術と神秘がこの表題に秘められているかと思った」と回想しているから、ほとんど霊感に打たれたようなものだったのだろう。「今日でもあの楽譜の表紙を見ると、かすかな潮の香りのする、かびくさい古い店に私は帰っていく」なんて、まるで初恋の人との出会いを回想するみたいだ。ここでも彼は先のチェロと同じようにして、バッハの音楽と出会っている。
 いずれも予期せぬ出会いであり、不意打ちのようにして一瞬で身も心も奪われる。まさに一目惚れ、中身もろくにわからないうちから、すでに恋に落ちているようなものだ。誰もがこんなふうにして出会うのではないだろうか。自分だけの「この人」と。それは通常は人であることが多いけれど、カザルスのように楽器や音楽であっても、犬や猫やトカゲやカメであっても、なんであってもかまわない。それが「固有」ということだ。この偶然にして必然の出会いによって、ぼくたちは一人ひとりの「固有」として表現される。森崎茂さんが「総表現者」と言っているのは、そういうことだ。すべての人が、誰かとの、何かとの出会いによって「その人」として表現される。すなわち「総表現者」である。

 繰り返せば、ぼくたちが「生きていてよかったな」と思う体験は自己や自我の手前で起こっている。自己や自我の手前で起こっているから、傍目にはデクノボーに見える。たぶんそういうことなのだろう。寝食を忘れて絵筆をとる北斎も、チェロやバッハの音楽に没入してしまったカザルス少年も、桜に見とれて心が虚ろになっている西行も、あるいはフランシス子という一匹の猫にかまける吉本隆明も、見方を変えればたんなるデクノボーだ。
 そのデクノボーの最たるもの。ワオッ! 今朝もおれ、目を覚ましちゃったよ。おれは彼女を愛していて、彼女はおれを愛していてくれている(たぶん)。なんて美しいんだろう。そう、世界は美しい。なぜなら、この世界には彼女がいるから。う~ん、この言い方はちょっと違うな。二人でいることが、目にするものすべてを美しく見せてくれるんだ。ピース!
 誰かを好きになる。恋に落ちる。あなたにも、あなたにも、そこの知らぬふりをしているあなたにも、おぼえがあるはずだ。はじめて人を好きになったとき。毎日、こんな感じで目が覚めたではないか。目覚めることが一つの奇跡だった。なんという驚きなのか。自分が、この自分であるということは。なんという喜びなのか。自分が誰かを愛する者であり、また愛される者であることは。一刻一刻、自分が自分であることの喜びに打ち震える。そんな数ヵ月か数週間か(時間の長短は問題ではない)を、多くの人がもつはずだ。まさに「この世に生を享けた歓びを」であり、このときぼくたちは「人間であるという信じ難い驚きとともに、人生の驚異を知らされて胸がいっぱいになる」のである。
 カザルスの場合は、たまたま音楽との出会いとしてそれを体験した。ぼくたちの多くは誰かとの出会いによって、同じことを体験する。けっして特別なことではない。カザルスに起こったことは、誰にでも起こりうることだし、おそらく日常的に誰のなかででも起こっている。この素敵な体験が、傍目からはデクノボーと見えてしまう。下手をすると、たんなる「色ボケ」で済まされてしまう。
 だが傍目にはどうあれ、デクノボーであることは当人にとっては相当に心地がいい。心地いいと感じるように人間は出来上がっている。だからぼくたちは繰り返し恋に落ちるのではないだろうか。人がだめなら犬や猫や音楽や……恋に落ちたときの、あの問答無用で自分にぴたりとピントが合う感じ。吉本さんが「猫さんと一致しているときだけ、そういうはみ出した自分がまったく解放されている」と言っている、そのとおりのことだ。
 おれだよ、おれ。このおれなんだよ。こんなふうに彼女のことを想っているのは、世界中でただ一人、おれだけなんだ。彼女はまさに、おれのところへやって来た。そしておれは、この「おれ」になった。これからは、この「おれ」が、おれの定義だ。「おれ」という自己は彼女によって表現されている。カザルスの自己がバッハの音楽やチェロによって表現されたように。誰もがそれぞれの仕方で、自分の手前にあるものへの応答を生きている。そのようにして「自己」になっている。
 このとき自分が自分に届いている。アスリートであるかぎり、ぼくたちは自分に届かない。かならず不全感や不遇感を残してしまう。アスリートの世界は、自己を起点として外側に広がっていく世界なので、どこまで行っても自分には届かないのだ。届かないことが不全感や不遇感として自己に再帰してくる。未来永劫に回帰する。ぼくたちは「総表現者」として自分に届くのである。不全感や不遇感のもたらす「なぜ」を消すことができるのである。

 前にも書いたことがあるけれど、ナチスの政権下、ヒトラーをはじめゲーリング、ヒムラーなどの閣僚が、フルトヴェングラーの指揮するベートーヴェンの第九交響曲を聴いて、全員が涙を流すほど感動したということを、ゲッペルスが日記に記している。一方、アウシュヴィッツの収容所で、粗末なラジオから流れてくるベートーヴェンの音楽に救われたという、生還者たちの証言が数多く残っている。絶滅収容所のユダヤ人たちと、彼らを死に追いやる者たち。両者が置かれている境遇は対極的だ。しかしベートーヴェンの音楽が流れているあいだ、彼らはともに純粋に音楽に魅入られた者たちだった。
 なぜ、こんなことが起こるのだろう。おそらく北斎と同じようなことが起こっているのだと思う。絵師が自分の描いている風景と一体化しているように、ここではナチスの幹部たちも絶滅収容所の人たちも、ベートーヴェンの音楽に夢中になりそれと一体化している。このとき一人ひとりの同一性は壊れている。彼らは何者でもなく、ただ同じようにベートーヴェンの音楽に心を打ち震わせる、「人間」という名のデリケートな生き物であった。さらに言うなら、ナチスに服属する人たちの自己も、絶滅収容所で死を迎えようとしている人々の自己も、ベートーヴェンの音楽の前で融解し、溶け出し広がって一つの領域をなしている。殺す側と殺される側、双方の自己は領域として「遠いともだち」と生きている。
 他なるものによって表現された自己が、領域として「遠いともだち」を生きる。このことを、ヴェイユは「聖なるもの」と言ったのだと思う。

  聖なるもの、それは人格であるどころか、人間の中の無人格的なものなのである。
  人間の中の無人格的なものはすべて聖なるものであり、しかもそれだけが聖なるものである。
    (「人格と聖なるもの」『ロンドン論集と最後の手紙』所収 田辺保・杉山毅訳)

 ヴェイユが言う「聖なるもの」とは、万人のなかにある自己の手前の場所、自己に先立つ場所のことで、そこではヒトラーもゲーリングもヒムラーも、誰もが「遠いともだち」を生きる。友愛と博愛の場所をおのずから生きることになる。だからこそ「聖なるもの」なのだ。そして「聖なるもの」からの呼びかけを、彼女は「神」と呼んでいるように思う。ヴェイユの「神」とは、可視化も実体化もできない「遠いともだち」からの呼びかけではないだろうか。この呼びかけに応えるとき、かわいそうな人はかわいそうな人として可視化されず、自分がかわいそうな人になってしまう。その自分をなんとかしたかった。これがヴェイユや賢治の「何をやっても間に合わない」という焦燥感の本質にあるものだ。「自分を無限に小さくする」という言い方をヴェイユはしている。だが、この言い方はいかにも苦しげで、現実的には自己滅却に近いことになってしまう。
 そうではなく、森崎さんの「総表現者」のように、自己は他なるものによって表現されると言えばいいのではないか。誰もが自己の手前で「遠いともだち」を生きていると言えばよかったのではないか。このとき「億の巨匠が並んで生れ/しかも互ひに相犯さない/明るい世界」は、ただちに可能になる。

 あなたがまだこの世にいなかったころ
 私もまだこの世にいなかったけれど
 私たちはいっしょに嗅いだ
 曇り空を稲妻が走ったときの空気の匂いを
 そして知ったのだ
 いつか突然私たちの出会う日がくると
 この世の何の変哲もない街角で(谷川俊太郎「未生」)

 自分だけの「この人」と出会ったとき、ぼくたちはその人のことを生まれる前から知っていたような気がする。だから生涯一緒にいようなどと思ってしまう。そしてうまくいったりいかなかったりするうちに三十年とか五十年とか経つ。すると再び好悪を超えたところで「一緒」という気がしてきて、これはもうしょうがないなあ、個人の意思や人為を超えたことなんだし、自然の摂理みたいなものなんだから、という境地に立ち至っている。
 これはどういうことだろう? おそらく「遠いともだち」が実詞化したものとして、ぼくたちはそれぞれの「この人」と出会っているのだ。だから長い時間を過ごすうちに、もとは赤の他人同士という感覚がなくなって、なんだかずっと一緒という気がしてくる。好き嫌いにかかわらず、そういう気がしてくる。慣れとか諦めとかではなくて、根源にある「遠いともだち」の面影が、ぼくたちの生に浸潤してきているのだと思う。
 本来、ぼくたちが「生きる」とはそういうことではないだろうか。自分の手前にある「遠いともだち」の場所に、人や猫や音楽や、何か固有なものが入り込んだとき、そのことへの応答として自己という固有が表現される。『タイタニック』のジャックはローズという一人の女性によって表現された自己を、愛する人を助けるために冷たい氷の海に沈んでいくというかたちで生きた。吉本隆明は生涯の最後にフランシス子という一匹の猫によって表現されたデクノボーを、不全感の消えた自己として生きることができた。カザルスはバッハやチェロによって表現された自己を偉大な音楽家として生き抜いた。「遠いともだち」への応答として、一人ひとりの固有な生がある。その生を可視化すれば、名もない画家志望の青年であったり、認知症の進んだ老人であったり、世界的な名声を得た音楽家であったりする。しかし誰もがそれぞれの仕方で「なぜ」を消し、不全感を消して自分を自分に届けている。
 このとき「ぱん」のいい香りが漂ってくる。最初に取り上げた谷川俊太郎の詩を、もう一度読んでみよう。

 ふんわり ふくらんでいます
 そとはちゃいろ なかはしろ
 いいにおいです わたしは ぱんです

 むかし わたしは こむぎでした
 おひさまが かがやいていました
 あおぞらが ひろがっていました
 そよかぜが ふいていました

 ばたーを ぬってください
 はちみつを つけてください
 わたしを のこさず たべてください
 わたしは ぱんです

 食べられるものが食べるものによって表現される。氷の海に沈んでいくジャックが、生き残るローズによって表現される。自分の手前にあるものによって自分が表現される。それが「遠いともだち」の世界だ。そこでは食べることは食べられることであり、食べるものは食べられるものである。ジャックは死に、ローズは生きる。死んでいくものは生きつづけるものであり、生き残ったものはあのとき死んでいったものである。「遠いともだち」だから食べてはいけないのか? 逆だ。「遠いともだち」だから食べるものと食べられるものが一つになって、「ぱん」のいい香りを醸し出すことができるのだ。
 可視化すれば自己犠牲ということになるだろう。ISの自爆テロとどう違うのか。皇国の兵士たちの散華とどう違うのか。違う。まったく違う。ジャックの死には生が充溢している。「ぱん」と同じいい香りがする。自爆テロや散華の死は死でしかない。そこには香り立つもの、芳しさがない。なぜだろう? 「遠いともだち」の場所がないからだ。どこまで行っても一人である。一人の「私」と超越者との関係しかない。それは自己幻想と共同幻想の同期(融合)でしかない。そのことが孤独で陰惨な感じをもたらすのだ。キューブラー・ロスが書き記した「死」も同様である。死という共同幻想(超越者)に追い詰められて、一人きりで死んでいく者がいるだけだ。「私」という一人称が身にまとう必然として、暗さや寂しさや息苦しさがある。自己が自己であり他者が他者であるかぎり、「ぱん」の芳しさは醸し出されない。
 先の詩には死がない。どこをどう探しても見当たらない。生しかない。死はどこに行ったのだろう。それはどこにあるのだろう。おそらく死は「遠いともだち」とともにある。「遠いともだち」は可視化も実体化もできないから、自己という明晰判明な意識の場所から見ると虚無になる。この虚無が「死」という共同幻想として表出される。それだけのことである。
 別の言い方をするなら、死とは自己が領域化することである。領域化した自己は、やはり自己という同一性の場所からは見えない。同一性的な思考の習い性から、領域化した自己のことを「死」と呼んで数千年が過ぎた。ぼくたちが手に入れようとしている新しいまなざしで見れば、「死」は「遠いともだち」を生きることと同じである。
 アスリートの世界でベゾスやビル・ゲイツになれるのは、せいぜい1パーセントだ。だが心配することはない。ぼくたちは総アスリートであるとともに総表現者でもある。一人ひとりの固有な自己は「遠いともだち」への応答として表現される。よって「遠いともだち」を生きることの一部として死はある。総表現者にとっての死とは、そのようなものである。