ぼく自身のための広告(2)

2 コーヒー

 朝はだいたい6時から7時のあいだに起きて、まず庭で簡単な体操。それから剣道の素振り。これで15分か20分。つづいて朝食の支度。といってもリンゴ、バナナ、キウイフルーツなどを切るくらい。ぼくも家族も朝は果物を少々、あとはヨーグルトを食べたり食べなかったり。
 仕事をする午前中は、ちょっと空腹なくらいがいい。おなかがいっぱいだと、もともと性能のよくない頭がますます働かない。脳のエネルギー源はブドウ糖だから、朝は炭水化物を摂る必要があるというけれど、体験的には嘘である。炭水化物を摂ると眠くなる。脳の働きは悪くなる。思考が鈍る。言葉が濁る。身体を動かす仕事をしている人は別だろうが、ぼくみたいに机に坐って文章を書いている者は、朝は軽く済ませたほうがいいみたい。
 そのかわりに朝のコーヒーは必需品。家族のぶんを含めて三人分を、毎朝かならずぼくが淹れる。コーヒーを飲むのは朝食後と昼食後の二回、これもきっちりきまっている。それ以上飲むことはまずない。とくに朝のコーヒーは大切だ。体調がいいときは美味しい。お酒を飲み過ぎた翌朝などはまずくて苦い。毎朝美味しいコーヒーが飲めるような生活を心がけたいと思うけれど、意志の弱いぼくには難しい。後悔と反省の日々である。
 コーヒーは少し大きめのカップにたっぷり。豆は電動ミルで挽いて、ペーパーフィルターで淹れる。とくに上等のも豆を使うわけではなく、できるだけ安くて美味しいものをアマゾンなどで見つけ、その日の気分で二種類か三種類をブレンドして使っている。豆の種類というよりは、主にローストの違いで組み合わせることが多い。規定の分量よりもたくさん使うのがぼくなりの流儀。
 淹れたてのコーヒーを持って二階に上がり、机の前に坐って、さあ仕事……と言いたいところだけれど、まず昨日の日記を書く。それからメールをチェックして、ついでにアマゾンのタイムセールなども覗いて、なんてやっているうちに、すぐに30分ほど経ってしまう。仕事をしたくないのかというと、そういうわけでもない。弁解めいたことを言わせてもらえば、仕事に入るタイミングをうかがっているのである。
 小説を書いているときは、頭のなかで書くことがわかっていて、早く書きたくてしょうがないときがある。逆に、行き詰って書きあぐねる日もある。いずれにしても気持ちの内圧を高め、言葉へ突進していくまでに少々時間が必要だ。コーヒーを飲みながらネット上をふらふらしたり、近くに置いてある本をぱらぱらめくったり。やがて頭のなかが少しずつ温まってきて、最初の言葉が見えてくる。毎日、同じことの繰り返し。もう30年以上やっているけれど、飽きない。
 写真のカップは半年ほど前から使っているもの。ネコの絵柄がついたものを見つけると、つい買ってしまう。奥さんからは「食器を増やさないでちょうだい」と叱られるけれど、やっぱり買ってしまう。しばらく同じものを使いつづけるうちに、ひび割れたり、欠けたり、ふと飽きてしまったり。そんなカップで、今日もコーヒーを飲んでいる。