いまはどういう時代か

 いまはどういう時代かというテーマで、自分がやっていることに即してお話してみたいと思います。ぼくは一応作家、小説家ということになっていますが、作家にしても小説家にしても、職業としてはすでに成り立っていないと思います。
 たとえばアマゾンでぼくの本を検索してみてください。ほとんどの本が1円で買えるはずです。1500円くらいの本が、一年も経たないうちに1円になってしまう。一冊の本を書くのに、最低でも一年はかかります。そうして出版社を見つけて本を出す。初刷を5000部とすると印税は75万円です。その本はたちまち1円になって、みんなそっちを買うから増刷はかかりません。75万円で終わりです。一年間の労働の対価が75万円。ワーキング・プア以下です。
 もう一つ例をあげると、インターネットの普及によって、いまは誰でも自分の小説を簡単にアップロードできるようになりました。自分でブログを立ち上げて書いている人もいますし、投稿サイトもたくさんあるようです。そのなかから有望な作品が出てくる。多くの読者がついて、面白いと言っている。評判を聞きつけて、出版社が本にする。かなりの確率でヒットが見込めますから、本を出すほうも安全です。出版社としては手堅い商売だと言えます。こうした経緯で出版される本が増えています。するとプロとアマチュアの境界線は非常に流動的になります。誰でも今日その日からデビューするチャンスがある。もはや作家も小説家も、安定した職業としては成り立ちようがないのです。
 ぼくらの仕事だけではありません。たとえば国内のワインメーカーが新しいワインを出すので、そのラベルのデザインを発注したい。専門のデザイナーにたのむとお金がかかります。そこでインターネットでデザインを募集する。いろんな人がエントリーしてきます。学生さんだって自分の作品を認められたいわけだから、どんどん応募してくる。海外のデザイナーも参入してくるでしょう。集まった作品のなかからメーカーの人が、「これにしよう」と採用するものをきめて、作者には報酬10万円とか、こうなるとデザイナーという職業も成り立ちません。

 みなさんは「Amazon Go」というのをご存知でしょうか。アマゾンが運営するコンビニで、今年中にはシアトルで開店する予定だそうです。チェックアウトレスというんでしょうか、要するにレジのない店舗ですね。お客はスマートフォンにバーコードを表示させてゲートで読み込ませ、好みの商品を選び、店を出る。ただこれだけです。やっていることはほとんど万引きと同じです。
 なぜこんなことができるかというと、コンピュータが賢くなったからです。入店するユーザーのバーコードをコンピュータが読み取る。このユーザーの顔をカメラで認識し、どこにいるか、何をしているかを追跡する。これらが深層学習(ディープラーニング)アルゴリズムによって解析され、正確なユーザー行動、すなわち何を手に取り、何を戻したかという情報を認識する。ここまでのことが人工知能(AI)によってできるようになっている。実用化されればコンビニやスーパーの店員はいらなくなります。せいぜい商品の陳列やサポート要因が何人か必要なだけで、あとはすべてテクノロジーが肩代わりしてくれるわけです。
 こういうことがあらゆる分野で起こってきます。しかも短期間に起こると思います。現にAmazon Goは今年開店ですからね。スタバみたいに一気に世界中に広がる可能性もある。間違いなく雇用破壊が起こるはずです。多くの仕事が人を必要としなくなる。限られた仕事を奪い合う時代が、すぐそこまで来ています。割のいい仕事、待遇が良くて給料もいい仕事を求めて、これまで以上に激しい競争が繰り広げられるでしょう。競争を勝ち抜いた、ごく一部の者だけが勝者になる。その勝者も、すぐに新しい勝者に取って代わられる。
 いまはお医者さんになりたい人が多いらしく、医学部というのはかなり難しいようですね。しかし癌などの診察を、AIが医者よりも正確にできるようになるのは時間の問題です。先ほども少し触れたディープラーニングによって、AIは一つの目的のために最適化されたAIを、再帰的(reflexive)に生み出せるようになっています。医学部に入って何年か勉強し、病気を治すという目的のために最適化された専門家になっても、コンピュータにはかないません。「仕事」ということにかんして、人間はAIに勝てないのです。だったら仕事以外のことをすればいい。ぼくはそう思います。

 わずかな「いい仕事」をめぐって、みんなが競争しています。インターネットで世界中の人たちがつながってしまうので、勝者になろうとすれば、70億の人類すべてを相手にすることになる。世界中の人が競争相手です。そのなかで果てしない競争が繰り広げられ、一人ひとりが序列化され格付けされていく。誰も楽しくありません。みんなが苦しくなるばかりです。
 別のことをしたほうがいい。何をするのか? 人を幸せにすること。自分以外の者を喜ばせたり、元気にしたり、楽しませたり、明るくしたりする。つまり人のためになることをするのです。それを仕事でもボランティアでもなく、表現としてやる。自分のいちばん好きなこと、得意なことでやる。仕事でもボランティアでもないのだから、自分のやりたいことがやれるし、またやるべきです。自分が本当にやりたいことをこそ夢中になってやるべきです。
 ぼくの場合は小説を書くことで、それをやっているつもりです。誰か一人くらい、ぼくの書いたものを読んで「よかった」と言ってくれる人がいるのではないか。そういう願いをこめてやっています。仕事としてやっているという意識は、もうほとんどありません。自分のやりたいことを夢中になって、精一杯にやっているという感じです。それで幸せかと言われれば、まあ幸せだと思います。毎日充実しているし、難しいけれど面白いですからね。
 みなさんもそういうことを見つければいいと思います。絵の得意な人、音楽の得意な人、お料理の得意な人、手芸とか裁縫とか園芸とか、いろいろあるはずです。ぼくなどが思いもつかないことが得意という人もいるでしょう。それを世界に向けて発信するのです。インターネットというインフラは整備されています。インターネットは世界中の人を競争者にしますが、同時に、世界中の人を表現者にもします。誰でも自分の作品をアップロードして発信することができる。有名か無名か、実績があるかどうかは関係ありません。
 その作品を、いいと言ってくれる人が、かならずいるはずです。あなたが夢中になって作り出したものを必要としている人、喜んでくれる人がどこかにいると思います。なぜならインターネットによって、70億の人がつながっているからです。マッチングはインターネットがやってくれる。あなたが精一杯の表現を発信すれば、それを受け取ってくれる人がいるのです。
 どうやって暮らしていくのか、どうやって食べていくのか。それは各自でなんとかしてください。なんとかなるはずです。いまは貨幣が唯一の価値ですけれど、将来は表現が中心的な価値になります。つまり人を喜ばすこと、人を幸せにすることが最大の価値になります。そのとき貨幣を媒介にした資本主義経済は、表現を媒介とする贈与経済のようなものにつくりかえられます。まったく新しい世界の可能性があります。
 そろそろ時間です。こういう話をもっと聞きたい人は、ぼくの講義を受講してください。(2017.2.16 九州産業大学)