新作『なにもないことが多すぎる』を語る(Part1)

k:タイトル変更があったんだって。
K:そう。4月刊行予定で3月に入ってからの変更だから、かなり土壇場だよね。プルーフ版はもとのタイトルで配られてたと思うよ。
k:『ブルーにこんがらがって』だったよね。それが『なにもないことが多すぎる』に。
K:どっちもディランの曲のタイトルだけど、『ブルーにこんがらがって』にくらべると『なにもないことが多すぎる』は認知度が低いかな。『ブルー』のほうは名盤『ブラッド・オン・ザ・トラックス』の冒頭に入っている曲で、原題は”Tangled Up In Blue”。ぼくはディランの全作品のなかでも一、二を争う名曲だと思っている。一方、『なにもない』のほうはザ・バンドとの『ベースメント・テープス』だよね。もともとブートレグとして出たアルバムの、二枚目にひっそりと収録されていて、しかもけっして名曲とは言えない。おまえの小説にはこっちが分相応だってことではないんだろうけど。
k:“Too Much Of Nothing”という原題は、それなりにかっこいいけどね。
K:あまり慰めにはならないな。
k:不本意なタイトル変更だったの。
K:正直なところ、いまでも『ブルーにこんがらがって』のほうがいいと思っている。長年親しんできたタイトルだしね。ほんと、この作品には長くかかっていて、第一稿から10年くらい経ってるんじゃないかな。それで最終稿は第10稿。大きな改変だけで十回もバージョンを重ねているんだ。ディランじゃないけど、ブートレグとして一冊出せるよ。その間、ずっと『ブルーにこんがらがって』というタイトルを想定して書いてきたんだから、慣れるまでにしばらく時間がかかるかもね。
k:簡単に了承しちゃったわけ。
K:うん。簡単に了承しちゃったんだ。
k:未練はなかったの、もとのタイトルに。
K:あったかもしれない。でも、そのときは酔っ払ってたんだよ。大津に泊まっててね、ホテルの近くの居酒屋で知人と一緒にお酒を飲んでたの。いいお店で、おでん屋なんだけど、彦根牛の炙りとか他の料理も美味しくてね。二人でいい気分になって飲んでた。そこに担当の編集者から携帯に電話が入って、タイトル変更のことを切り出された。不意打ちみたいなもんだけど、こっちは頭がかなりユルくなってるから、ああ、いいですよって、簡単に返事しちゃった。
k:いいのか、それで。
K:まあ、編集者ってポジションからは、著者には見えないところが見えるんだろうって、好意的に解釈しちゃったわけだ。お酒も入っていたし。お酒が入ると過剰に友好的になるのね、ぼくは。
k:前にもあったよね、そういうこと。
K:タイトル変更? ……っていうか、たいがい一度は疑問にさらされるね。オリジナルのタイトルがすんなり採用されることは、ほとんどない気がする。とはいえ、このタイトルでいいのか、一応別のタイトルも考えてみようってくらいの、余裕のあるスタンスなんだけどね。そういう場合は、やっぱりこれでいきますって言うと、だいたい通っちゃう。しかしときには編集者のほうが「これでいきたい!」と強く押してくることがある。過去の例でいうと『最期に咲く花』のときがそうだった。オリジナルのタイトルは『メンフィス・ブルス・アゲイン』で、あれ? これもディランだね。偶然だけど、相性が悪いのかもしれないなあ。まあ、このときは自分でもしっくりこないところがあったんだ。カタカナのタイトルってあまり好きじゃないしね。それで『最期に咲く花』ですって言われたときは、すんなりOKしちゃった。
k:代案を出されると弱いってこと?
K:そうとも言える。編集者のほうが別のタイトルを考えてくれて、これでいこうってときは、だいたい負けちゃうみたいだ。個人的にはどうかなって感じでも、編集者の直感というか、ひらめきに賭けてみようと思うみたいだね。『世界の中心で、愛をさけぶ』のときがそうだったからさ。ぼくがつけてたタイトルは『恋するソクラテス』で、これだと絶対売れなかったと思うよ。編集者のひらめきのおかげで、いまの自分があるっていうか、なんとなく恩義を感じるところはあるんだよ。もちろん衝突もするけど、まあ十年以上一緒にやっているとね。腐れ縁の夫婦みたいなもんで。